九州は1日午前零時、日本の暫定統治期間を経て、正式に「九州国」として独立した。
首都となった旧熊本県玉東町木葉で開かれた記念式典には百万人の国民が参加。国連加盟192カ国の代表も出席し、初となる日本からの独立を祝福した。
式典では、首相公選制で選ばれた朝倉啓太・初代首相が独立を宣言。「誇り高き自主自立の精神を活かし、九州国の新たな歴史の1ページをともに刻もうではないか」と、国民に呼びかけた。
来賓のオバマ次期大統領は「九州は、日本の中央政権を打ち破るためチェンジした。九州国民には米国のフロンティアスピリッツを感じる」と祝辞を述べた。
式典に引き続き、朝倉首相が組閣人事を発表した。官房長官には篤姫、外務大臣にはタモリ、国土交通大臣には大分県中津市耶馬渓の禅海和尚が旧建設省からのたすき掛け人事で就任した。
また、少子化担当大臣には朝倉内閣最大のサプライズ人事で、大分県日田市の飲食店経営石丸邦夫氏が就任した。
石丸氏は日田市豆田町の飲食店「嶋屋」の店主。考古学が好きで、飲食店経営の傍ら、日田市内の山中に入り、土器を集めていた。
男性器の形をした石を拾ったのは20年前。「見つけた瞬間、体を電流が貫いたような衝撃を受けた。これは天命に違いないと」。
早速店に戻り、結婚して9年、子宝を切望する従業員に触らせると、半年を経たないうちにご利益があった。
これまで参拝に訪れたのは約1500人。喜びの連絡があったのは、これまでに約150人。双子が産まれたなどの多くのドラマがある。
最後の朝倉首相の国家宣言は以下のとおりである。
 私たち九州国民は、永年の夢だった権利を獲得した。私たちの手で九州をデザインし、安全で安心な暮らしを営む権利だ。
誇り高き自主自立の精神を活かし、九州国の新たな歴史の1ページをともに刻もうではないか。
私、朝倉啓太は、九州国の首相として、九州の発展と繁栄、国民の幸福、平和を実現することを誓う。
 官僚支配、中央集権の日本では、東京一極集中が進み、地方は衰退し続けた。目立つシャッター商店街、荒れ果てた耕作放棄地、増える限界集落。
日本が放置してきた地方のさまざまな課題は、九州にも横たわっている。
 ただ、九州国には豊富な人材と英知がある。私たちはこれらの課題をスピーディーに解決できるはずだ。その成果を国内外に高らかに示し、これから独立を目指している北海道、中国、四国などに、元気な九州国の西風を吹き込もうではないか。
 九州国は、日本のみならずアジア、世界のモデル国家となることをここに宣言する。
 2009年1月1日 九州国初代首相 朝倉啓太
長々と書きましたが。西日本新聞の初夢号外です。しかし何度も読み返しました。
夢は実現する。そんな感じで吸い込まれていきますね。世界地図を逆さまにしてみると、九州は東アジアの中心になる。
GDPは世界17位、九州を7つの県に分割、7県体制であったことが、非効率を生み出し、九州の発展を阻害してきた。もともと7世紀からの律令時代、九州は西海道という一地域であった。
法人税の実効税率は25%で企業進出や移転、外資も相次いで進出する。相続税はゼロであるため、世界中の金持ちが集まってくる。
これも夢の続きですが、これまた吸い込まれますね。
最後に、首相首席補佐官は九州独立をいち早く提唱して、独立の礎を築いた戸敷進一氏である。